UXの語感

June 30, 2015
Manabu Ueno

UXという言葉は2005年ぐらいにはすでにバズワードだったが、その後もますますバズっぷりを増している。
UXという言葉は人によっていろいろな意味で使われるとよく言われる。実際、私も仕事でいろいろな人がいろいろな意味で(そして真面目に)UXという言葉を使っているのに遭遇する。
デザインコンサルタントとしては、UXを何かひとつ定義づけることよりも、世間でこの言葉がどのような使われ方をしているのかを知ることの方が重要だ。

ちなみに、私の定義はとても簡単だ。誰かが私に「UXとは何ですか?」とたずねれば、私はこう答える。

「利用者体験のことです」

それ以上でも以下でもない。英単語の直訳で十分意味のある言葉だと思う。

例えば「デザインって何ですか」とか「UIって何ですか」といった質問に答えることの方がずっとコンセプチュアルで難しい。UXは簡単だ。
ただ世間でいろいろなニュアンスが盛られて使われているようだ。

UXという言葉が使われる時の観点をざっくり分類すると、

  • UIの操作性の観点
  • デザインプロセスの観点
  • マーケティングの観点
  • 組織スローガンの観点

といった感じになるように思う。もちろんそれぞれはクロスオーバーしている。

この分類に従って、以下に、私がよく見聞きする、UXという言葉の使われ方を挙げてみる。

UIの操作性の観点

UXとは、UIのこと

それまで良いUIというものを意識的に作ろうとしたことがなかった現場においては、ちゃんとUIを作るという発想自体がかなり新しいパラダイムとなる。彼らはそれをUXと呼ぶ。このニュアンスで RFP に「UXのリニューアル」とか「UXの全面見直し」と書かれていたことがある。

UXとは、ユーザビリティを考慮した画面設計のこと

このニュアンスは SIer や情シスなどの人々の言葉でよく耳にする。「今度の案件ではユーザーがUXを要求しています」といった感じで使われる(ここでいうユーザーはユーザー企業/部門=クライアントのこと)。聞いていくと、使い勝手を考慮した画面のことらしい。このニュアンスで、RFP に「UX納品:○月○日」とか「UXを適用する」とか書かれていたことがある。

UXとは、直接操作感とマイクロアニメーションのこと

スクロールのスムーズさとかタッチ入力の精度をもってUXが優れているなどという。ビューが遷移する時のトランジション効果とか、タッチ操作に対するUI要素のビジュアルフィードバックなど、従来なら実装コストの関係でオミットされていたような小粋なアニメーションを積極的に取り入れることも重要。製品やサービスのアハ体験。ただサイドイフェクトとして、学習可能性や発見可能性を無視した珍妙なUIを見て「このUXは新しい」などと持ち上げる素人評論家が多数発生しているのも事実。

デザインプロセスの観点

UXとは、観察インタビュー、プロトタイピング、ユーザビリティテストなどをやること

要するに UCD とか HCD と呼ばれるプロセスだが、以前から提唱されてきたそういった方法論や呼び方を知らない人々がその手の取り組みセットをUXと呼んでいる。サービス事業者のインハウスデザイナーなどが「うちでもUXを取り入れないと」などと言ってる場合はこれに近い。UXという何か決まったメソッドが存在しているという前提でこの言葉を使う。膨大なポストイットにいろいろ書いて壁一面が埋め尽くされることで俺たち仕事した感が漂ってしまったりするのもこれ。このニュアンスで、RFP に「UXを行うこと」と書かれていたことがある。

UXとは、アジャイルにデザインすること

ウォーターフォールに対するカウンターとして、ユーザビリティ担保のコスト最適化として、あるいは資金調達の攻略テクニックとして、プログラミングの世界で実践されてきたスパイラル式のイテラティブプロセスをデザインプロジェクト全体に適用しようという、たいへんまっとうな取り組みが盛んになりつつある。ただしデザイン全般となるとプログラムのようにはモジュール化できないので、実際にはモバイルアプリのような小規模なシステムでしか実践は難しいと思われる。そもそも今デザインスプリントとか言ってる層が大規模エンタープライズシステムなどの開発プロセスに口を出せることはほとんどない。自然にスクラムとかを回してるようなスタートアップにおけるUX。

マーケティングの観点

UXとは、サービス企画のこと

ユーザーモデルとか課金モデルとかプロモーション方針とかを最上流で定義すること。いってみればサービス企画。「UIは画面のことで、UXはもっとサービス全体のこと」といったことを言う人は、だいたいこれ。代理店の下請けとかが多い制作会社の人などが「うちらももっとUXやりたいよね」などと言う。

UXとは、クロスチャネル/ロングタームのサービス設計のこと

あるサービスについて、複数の媒体や製品を通じて価値提供するためのサービスモデリング。マーケティング視点での要求分析フェーズ。従来からブランド戦略などと合わせて普通に取り組まれていたことだが、「モノよりコト」みたいな俺いいことに気づいた的な新人デザイナーなどが俺らもクライアントのビジネスにコミットしなきゃ的な勢いで To-Be のジャーニーマップを小綺麗に作ると最先端のUXを設計したことになる。エクスペリエンスという言葉をサービス利用のストーリーと解釈し、ユーザー行動をコントロールしようとする。

UXとは、ユーザーがはまる仕組みのこと

アプリなどで、メインの機能仕様に加えて、オンボーディングとかソーシャルマネージメントとかあなたの友達もこれを使っていますとか既読とかガチャとかそういうの。こういったユーザーに行動変化を促すノウハウは Persuasive Technology といった言葉で言われてもいたが、競争が激しくなった結果、これらはユーザーの時間やお金をいかに奪うかというチャレンジとなり、一種の広告宣伝活動に変化した。そしてそれらをプロダクト自体に組み込むのが流行ったため、今や多くのアプリは釣り記事とかカジュアルゲームと同じ大量消費の対象物となっている。すでに運用中のサービスに後付けすることができるのがこのUX。「うちのサービスにはUXが足りない」などと言う。

UXとは、とにかくマーケットインでデザインすること

とにかくユーザーからの評価とか利用ログをインプットにして製品改良を重ね何でもいいから売れるものを作りたいという人々にとっての活動。行動経済学的知見をデザイン知見だと考える。ユーザビリティテストにしろ A/B テストにしろ、サービスモデル全体のデザインより特定の機能や表現についての部分最適化が促進される傾向をもたらすが、経営者層に対してはビジネスノウハウの一環として最も説得力があるUX。利用者体験というよりも顧客体験。顧客の行動特性を応用して財布の紐をゆるませることがUXのミッションとなる。

組織スローガンの観点

UXとは、デザインを重視して製品を作る組織活動のこと

昨今、大手メーカーなどの多くが、製品横断的な方針として、もっとデザイン(この場合、操作性、見栄え、楽しさなど)を重視していこうという組織的な取り組みを活発化させている。つぶれかけてた Apple の製品がいつの間にかキャズムを越えてたことや、IDEO の PR 標語 “Design Thinking” に触発されたりして、社内に「エクスペリエンスセンター」とか「デザイン統括本部」とかいったかっこいい名前の部署が立ち上げられてたりするが、中には「UX課」といった渋い名称のところもある。


あと最後に言えるのは、ここに挙げたようなニュアンスすべてにおいて、UXという言葉が使われる時、それが「ユーザーが得るもの」なのか「製造される成果物」なのか「方法や活動」なのかが、区別されずに曖昧になっていることがほとんだということ。意味合いのスコープが文脈によって異なるのはよいとしても、そこの区別がついていないと、言葉として本当にわけがわからないものになる。

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