Done Button

CRUD における Create、つまり新規作成の操作をテンプレート方式で行うことについて、Keynote などに見られるような、アプリケーション起動後にテンプレート選択を促されるインタラクションは成功していないと書きましたが、これは、「アプリケーション起動」と「テンプレート選択」が「動詞 → 目的語」のモーダルなシンタックスに感じられるからです。もしテンプレートがファイルとしてあらかじめデスクトップに見えていて、そこからすぐに新規作成ができ、編集内容が自動保存されるようになっているなら、逆に「目的語 → 動詞」のシンタックスになるでしょう。

ちなみに Keynote では、テンプレート方式という点でひとつ興味深いインタラクションが提案されています。PowerPoint や Illustrator などのベクターグラフィック編集ソフトでは、たいてい図形描画ツールというのがあって、例えば矩形描画ツールを選ぶとポインターが十字になり、キャンバス上でドラッグすると、その始点と終点を対角線とする矩形オブジェクトが生成されます。しかし Keynote では違う方法で矩形オブジェクトを作ります。まず図形メニューから矩形のアイコンを選びます。するとすぐにキャンバスの中央にデフォルトのスタイルを持つ矩形オブジェクトが生成されます。ユーザーはその矩形に対して大きさや塗りなどのスタイルを指定していくことになります。

PowerPoint と Keynote の違いは、PowerPoint がまず描画モードの選択から入るのに対して、Keynote ではテンプレートとしてのオブジェクト選択から入ることです。Keynote における矩形オブジェクト生成はモードレスなのです。これは小さな違いのように見えますが、Apple のインタラクションデザインの方法論が色濃く反映された特徴的な振る舞いだと思います。

その方法論とは、「モードレス&リアルタイム」です。

昨今の Apple のソフトウェアでは、「モードレス」と「リアルタイム」ということがはっきりと意識されています。例えば、システム環境設定をはじめ、ユーザー設定系のダイアログには、ほとんど「キャンセル/OK」のサブミットボタンがありません。ダイアログボックスの体裁はとっていても、それらはモードレスダイアログであり、各入力項目は基本的に入力したそばから反映されます。ボタンを押して入力内容を確定させるという課税タスク的な手続きは不要になっています。Windows ユーザーが Mac にスイッチした場合、慣れるまでは OK ボタンを探して混乱してしまうかもしれません。しかし慣れると、これはとても自然な操作性であるように感じられるはずです。

現実世界にはモードは無い、と前に書きましたが、例えば目の前の紙に文字を書く時、書いた内容を確定するなどという手続きは不要であり、書いた瞬間からそこに書かれているのです。

このように、リアルタイムに入力が反映されると、ちょっとした入力ミスに対する修正タイミングや、入力内容に対する心理的な確認ステップが欠落しているように感じられるかもしれません。しかし多段階アンドゥが可能であれば、入力ミスを恐れずに、操作に対するシステムの状態変化を逐次的に確認できるので、むしろ心理的な負荷はずっと低いはずです。

それから、モードレスなイディオムが反映された特徴的なコントロールとして、「Done(完了)」ボタンがあります。最近の Apple のソフトウェアでは、この「Done」ボタンを頻繁に目にします。これは一時的に表示されるペインの中などに表示され、これを押すとペインが閉じたり元の画面に戻ったりするという意味でサブミットボタンのように見えます。しかし従来の「OK」ボタンとは違います。「OK」ボタンはそれが押された時に入力内容をシステムにサブミットしますが、「Done」ボタンは単にペインを閉じるという意味しか持ちません。つまり入力内容はすでにリアルタイムに反映されているのです。だから「Done」ボタンの隣に「キャンセル」ボタンはありません。入力した(反映された)内容を無効にしたい場合は、必要な回数だけアンドゥを行えばよいのです。

例えば iPhoto では、選択した画像を補正するための編集ツールを呼び出すことができます。これはある意味モードとも言えますが、編集内容を確定するためのサブミットボタンというものはなく、「Done」ボタンがあるだけです。一見モードに見えるものは、単に一度に見せる機能を制限してツールを切り替えているにすぎないのです。ただし、操作の結果をずっと前の段階まで戻すには何度もアンドゥを実行しなければならないので、その解決策として、いっきに初期状態まで戻すためのリセット機能が用意されています。

その他にも Mac では、Finder でのファイル一覧に対するソートや追加が常にリアルタイムに反映されるというのも、Windows と比較した場合に特徴的です。

例えばファイルの一覧の中に新規フォルダを作成すると、その瞬間に現在のソート基準を適用した位置に挿入されます。ファイルの名称を変更すれば、もし現在名前でソートされているのであれば、名称を確定した瞬間にソートが適用されます。Windows では、「最新の状態に更新」を実行しなければ反映されません。Windows の場合、同じフォルダの内容を複数の Explorer ウィンドウで見ている場合、片方に加えた変更がもう片方にはすぐに反映されないことが多く、これを反映させるにも「最新の状態に更新」を実行しなければなりません。

こういった感じで、Windows にはモードが多く、見えている要素間で整合性が取れていなかったり、自分の操作がどこまで反映されているのかよく分からなくなることがあります。Excel 上でコピーした内容が、ペーストする前に何か他の操作をすると勝手に消えてしまうことがあるなど、モード(というか暗黙的に求められる手続き)というものがかなりあちこちに蔓延していて、ある意味、ユーザーに許容されてしまっているという印象があります。

いずれにしろ、最近の Mac と Windows を比較した場合、操作性に関する最大の違いは、「モードレス&リアルタイム」の実装の有無ではないかと思うのです。これは非常に大きな設計思想の違いと言ってよいと思います。しかしこの点について言及している人がほとんどいないのは不思議です。OOUI のコンセプトをひとつの理想とするならば、Mac は圧倒的に先を行っていると言えます。

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