デザイナー、つまりモードレスな人の癖は、ソリューションの創出に際して、既成概念をどこまで遡って崩せるかという脳内チャレンジを繰り返すことです。現行のイディオムや機能表現を無かったことにして、問題解決に辿り着く最短ルートを模索するのです。その時、製品コンセプトの中心から距離のある付加的な要素についてはいったん無視します。それらがもたらす細々とした制約を考慮していると、整合させなければならない事項が多すぎて、新しいイメージを獲得できないからです。
そしてひとたび理想像をイメージできると — 例えばエレベーターに人感知センサーがあれば「開く」ボタンも「閉じる」ボタンも不要になる、というソリューションを思いつくと — 今度は、そのアイデアを実装する上で障害となる二義的な問題の解決方法を考え始めます。例えば、急いでいる時に意図的にドアを閉めたい場合にどうするかとか、乗ろうとしている人とただの通行人をどうやってセンサーに区別させるか、といったことです。
デザインには必ずトレードオフがあるので、新しいアイデアを採用するとそれに伴ってこれまでには無かった新たな課題が発生します。しかし課題には優先度があるので、重要な課題Aを解決するために課題Bが生じる場合、Aを諦めればBが解決されるからといって、そのような方策は何としても避けたいと考えます。モードレスな人は理想主義者なのです。
しかし現実には、デザイナーが到達した理想像に対してプロジェクトでGOサインが出ることは稀です。特に現行システムの改修を行おうとしている場合、デザイナーが示した理想的なデザイン案はほぼ100%却下されます。その理由は次のようなものです。
- 理想像を実装するとなると、現行システムをほとんど捨てて作り直すことになるので、コストがかかりすぎる。
- 理想像は現行システムと違い過ぎるので、それが本当に改善になるのか判断できない。
- 理想像を実装する上で新たに発生する課題の解決コストが、その改修によって得られる追加利益を上回る。
- 理想像は現行システムと大きく異なるので、ユーザーの再学習、販促物やマニュアル類の作り直し、保守やサポートコストの再見積もりなど、不確定要素が多すぎて、ビジネス性を定量化できない。
これらは確かにもっともなことで、デザイナーがいくら新しいデザインの完全性を訴えても、モーダルな人々には無意味です。モーダルな人々のモチベーションは、デザインのロジックではなくビジネスのロジックにあるからです。モーダルな人々は、現実主義者なのです。
つまり、産業において「発注者(モーダルな人)→ 受注者(モードレスな人)」という構図が一般的である以上、良いアイデアのほとんどは実現されずに闇に葬られるのです。
これまで僕が携わった案件でも、どれだけ残念な思いをしたか分かりません。理想像を追及できないとすると、後は大して意味の無いちまちました小改善を重ねることしかできません。「発注者がビジネス性を納得できるスコープでソリューションを提供するのがプロのデザイナーだ」と言われればそれまでですが、こういった状況は、職業デザイナーにとって恒常的なストレスになっています。
だから発注者にとって、製品の最初のバージョンにおける良いデザイナーの存在が、どれだけその後の製品ロードマップを左右するかは、計り知れないのです。なぜなら最初のバージョンというのはもともとビジネス性が多分に不透明であり、デザインのロジックが純粋に評価されやすいからです。
- モードレス:理想主義
- モーダル:現実主義