その頃、ウェブのデザインにおいて「コントロールの不自由さ」を強く感じていたのが、ページメタファでした。
HTML はドキュメントをマークアップする言語なので、当然と言えば当然なのですが、ブラウザに表示される内容は基本的に一枚の紙であり、主なインタラクションはリンクのクリックでページをめくるだけという、相当しょぼい世界でした。
しかしウェブデザインのトレンドは次第に、クレメントモックが作った諸々の企業サイトに代表されるような、かっちりとしたヘッダーやサイドメニューを持つ、アプリケーションの GUI ライクなものに変化していました。サイト内の全てのページに共通のナビゲーション要素があり、ページを遷移すると現在見ているページのメニュー項目がハイライトされるのです。これは単に、全パターンのハイライト状態があらかじめ用意されているだけで、(サーバーサイドでどの程度自動化されていたかは知りませんが)結局はページ全体を毎回表示しなおすパラパラ漫画なのでした。
そもそも僕は、はなからウェブの画面をドキュメントとしてではなくユーザーインターフェースとして見ていました。HTML をコンテンツではなくユーザーインターフェースの実装手段として捉えていましたので、この子ども騙しのようなギミックがどうしても気に入りませんでした。
当時は今のように標準化された DOM スクリプティングはありませんでしたし、僕は JavaScript が書けなかったので、ユーザーのアクションに応じてページの一部を変化させようと思ったら、フレームを使うしかありませんでした。
ある時、会社内でデザインコンペみたいなのがあり、僕は実験的に、フレームを多用した、ページ遷移の無い、アプリケーションのようなサイトを作ってみました。
画面上部にはメニューバーのようなものがあり、項目ごとにフレームになっていて、クリックするとその下の領域のフレーム内にサブメニューが表示されます。その中からひとつをクリックすると、画面中央のフレームにコンテンツが表示されます。コンテンツ内には関連リンクを呼び出したり注釈を呼び出したりするリンクがあり、それらをクリックすると画面左右の小さなフレームに表示されます。小さなフレーム内で何かクリックすると、中央のフレームが変化したり、自分のフレームを書き換えたりします。このように、あるフレーム内でのクリックが他のフレームを次々と変化させて、画面全体で見れば無数の表示状態があるというものでした。
フレームの位置関係が固定的であることや、サーバーサイドでの動的な処理を一切行っていないことを考えると、パラパラ漫画をいくつも分割して同時に見せているに過ぎなかったのですが、画面の表示内容が一定でなくユーザーの行動に対して解放されており、ページ遷移無しに無数の段階で変化するという点で、コンセプトモデルとしてはなかなか満足のいくものになりました。(今となっては、ウェブ的ではない表現として一蹴されそうですが)
それを見た上司が、こんなことを言いました。
「これはオブジェクト指向だね」