それから僕は時々タームペーパーを書きに学校のコンピュータラボに行くようになりました。そこには Mac の部屋というのがあって、Mac ばかりが30台ぐらい置いてあり、自由に使うことができました。僕はそこでよく、ペイントソフトを使って、3時間ぐらいかけて壮大な点描画を描いたりしていました。とにかくMac を触るのが楽しかったのを記憶しています。
ところで、ペーパーを書くためにはワープロソフトを使うわけです。それまでいわゆるワープロ機は使ったことがありましたが、GUI 上のワープロを初めて使った時、奇妙なことに気付きました。
ワープロ機の画面では、カーソルというのがあって、タイプした文字の挿入ポイントを示しています。これは要するに、文字列というリニアな情報の中で自分の今の居場所を表していて、カセットテープの再生/録音ヘッドみたいな感じの役割に見えます。
GUI のワープロの画面にもIビームカーソルがあり、文字をタイプすればそこに挿入されるのですが、それとは別に、マウスポインターというのがあって、マウスを動かすと、カーソルの位置はそのままに、ポインターを任意の座標に移動できるのです。文字列中の好きな場所にポインターを合わせてクリックするとそこにカーソルが瞬時に移動します。が、クリックしなければ、カーソルは元の位置のままで、タイプすればそこに文字が入ります。その場合、ポインターを動かした操作は何の意味もなかったことになります。
これは一体どういうことだろうと最初は不思議に感じました。マウスポインターというのは、自分の居場所であるカーソルとは独立した存在で、好き勝手なところに移動でき、その操作が意味を持つのは、クリックという明示的なジェスチャをした時だけなのです。次に何をしようかとマウスをうろうろさせて、気が変わればそのまま何もしなくてよいのです。
そう考えると、自分の意識の所在というのは、カーソルではなくむしろマウスポインターの方にあるのだということに気付きました。何かをしたければクリックすればよいですし、何もしたくなければ放っておけばよいのです。
逆に言えば、いつでも好きなことを始められるということです。今は自分は何をすべきであるという決まりはなくて、単にこれから自分が何をするかということだけがあるのです。
これはなかなかの発見でした。