『モードレスデザイン』- 3 適合の形 – デザインはどこにあるのか より
物がデザインされていると言う時、それは何を意味するのか。インゴルドは単純な例を挙げながらデザインというものの所在を探る。たとえば地面に落ちている石を蹴った時、足が遭遇したのは石であって石のデザインではないだろう。石には決まった形もないし目的もないからだ。では落ちていたのが時計だったらどうか。時計には、その構成を計画しデザインを施した制作者が必ず存在する。たとえ壊れた時計だったとしてもそれがデザインされていることに変わりはない。とはいえ、石の場合と同様に、発見されたのは時計それ自体であって時計のデザインではない。我々は、「そのデザインが制作者の心のなかにかつて存在していたと推測することしかできない」のである。
では生き物の場合はどうだろう。森でコウモリに出会う時、そこで目にするのはコウモリそれ自体でありコウモリのデザインではない。生き物の DNA の中に何らかのデザイン的な特性がコード化されているのだとしても、それが目に見える形で存在するわけではない。デザインは、観察している当の科学者の想像の中にあるだけだとインゴルドは言う。コウモリのデザインは、この世におけるコウモリの出現に先立って構想されたのではなく、科学者によるコウモリの行動の体系的な観察から事後的に導き出されたものに過ぎない。心臓の目的は血液循環である、といった言い方には意味がない。自然界に目的などというものはない。フランスの先史学者、アンドレ・ルロワ゠グーランが言うように、「手そのものではなく、その手で作るものゆえに、人間の手は人間的なのである(★4)」。
形はデザインによって作られるという考えは、現代のさまざまな分野に浸透している。しかしそれでは作るということのダイナミズムに迫ることはできない。インゴルドは時計職人の仕事に立ち返る。時計職人に必要なのは歯車やバネの組み合わせを計画することだけではない。時計を作るためには、熟練した先見性と手の器用さが要求される。その洞察力は、デザイン理論がデザイナーに求めるような知識とは違う。それは目前で起きている現象にコレスポンドする(調和するように対応する)、行為の中にある思考だ。
ものごとの最終形態や、そこに到るために必要とされるあらゆる手順をあらかじめ決定することではなく、行く手を切り開き、通路を即興でつくるということだ。この意味において「先を見る」とは未来を見抜くことであり、現在に未来の状態を投影することではない。つまり、むかう先を見ることであり、目的地を設定することではない(★2)。
時計をデザインすることはそれを実際に作ることからの連続であり、作る行為の中で集められた部品同士の内的な一貫性を生成する取り組みである。部品の位置は何らかの外的な必然性によってあらかじめ決まるわけではない。それは、森の地面に落ちている小枝が鳥の巣の一部ではないように、時計の部品ではない。むしろ鳥の巣のように、集められた素材が徐々に結合していくことで初めて個々の断片が部品になっていくのである。制作が進行するにつれて部品同士の支え合いは強力になる。制作者の仕事は、部品を相互に交感的な連結へと導き、それらが共鳴しはじめるように仕向けることだとインゴルドは言う。そして制作者は、部品同士の関係を調節し、それらとコレスポンドしながら、ある種の媒介者としての役割を担うのである。
インゴルドによれば、デザインのモデルは、工学的なものよりもガーデニングや料理に近いのだという。造園家やシェフが行っていることの本質は、あらかじめ考えたアイデアに完成形を結びつけることではない。柔軟な性質をもつ素材と頑強な素材とを「予期的な先見」をもって相互に従わせながら取りなすことなのだ。我々は製品に接する時、前もって計画されたデザインの完成品として出会うわけではない。我々は対象(Objects)としてではなくまず事物(Things)として遭遇する。それらは質料のための形相でも、形相のための質料でもなく、我々の意識とのコレスポンドを待っている未完成な素材たちなのである。そしてそれらは、使用されることによって、つまり相互的な関係に導き入れられることによって、完成する。
デザイン理論が提唱する工業的なアプローチにおいては、使用者に対して、サービスとしての製品をただ消費するだけの役割を与えている。使用者というものを文字どおり、使われる製品に対立する存在として想定しているのである。しかし単なる事物的なもの(手前的な存在)が道具として完成するのはその使用においてである。道具を使うというのはそれで何かを作るということだから、使用者は使用者であると同時にデザイナーなのである。人は道具を使って道具を作る。道具を作るということは、誰かが次の何かを作れるようにするということである。この連鎖を考える時、サービスという概念は問題を孕んでいる。サービスは、サーブする側とされる側という固定された関係に閉じており、連鎖を切断してしまう。
- ★2 ティム・インゴルド『メイキング』2017,左右社
- ★4 ビアトリス・コロミーナ、マーク・ウィグリー『[新版]我々は人間なのか?』2023,BNN