『モードレスデザイン 意味空間の創造』- 6 モードレスネス – モード追放運動 より
そうした状況の中で、Smalltak のデザインに取り組んでいたケイは、「オーバーラッピングウィンドウ」と呼ばれる画期的なインターフェースを考案した(★13)。それまでにも、限られた表示面積の中で多くの情報を扱うための表現は研究されていた。アイヴァン・サザランドの Sketchpad では、スクリーンをタイル状に分割して複数のデータを同時に見せることをしていた。エンゲルバートの NLS では、ひとまとまりの情報をウィンドウに見立てた領域におさめる表現を試していた。進行中の複数のタスクをそれぞれ別のウィンドウで表示し、ウィンドウを切り替えることでタスクを自由に切り替えることができるシステムもあった。しかしそうしたウィンドウシステムには、ウィンドウ同士がスクリーンのスペースを奪い合うという問題があった。ひとつのウィンドウを大きくすると別のウィンドウは小さくなってしまう。オーバーラッピングウィンドウはこの問題を解決する。ウィンドウが前後に重なり合うようになっていて、スクリーン上で個別に移動できる。あるウィンドウの大きさや位置が他のウィンドウの大きさや位置に影響を与えることがない。スクリーンの背景は机の表面のような役割を果たし、ウィンドウはその上に重なり合って置かれた紙のシートのように描画される。前面にあるウィンドウの後ろに、部分的に覆われたウィンドウが顔をのぞかせている。後ろのウィンドウの見えているところをマウスでクリックすると、そのウィンドウが今度は前面に来る。オーバーラッピングウィンドウには次の利点がある。
- 複数のタスクに関連する情報を同時に見ることができる
- タスクの切り替えは、ウィンドウを選択するだけで行える
- タスク切り替えによって情報が失われることがない
ウィンドウはそれぞれが異なる文脈や機能を持つという意味ではモードのようなものであるが、マウスボタンひとつでいつでも自由にそこから出られるという意味で、ここで問題にしているモードとは異なる。ケイは、オーバーラッピングウィンドウのモードレス性について次のように言っている。
NLS は複数のウィンドウからできており、FLEX では複数のウィンドウと少し小さいと思われるビットマップディスプレイとからなっている。しかしそれは個別のピクセルから成り立っていた。この結果、重なり合うウィンドウをすぐに思いついた。ブルーナーの対照性の考えによれば、いつでも比較する方法を常に用意しておくべきである。動く視覚の精神は、できるだけたくさんの要素を画面に表示することで創造性をかきたて、問題解決を促し、妨害を防ぐ。ウィンドウを利用するときの直観的な方法は、マウスをそのウィンドウに入れて、ウィンドウを「上」にしてウィンドウをアクティブにすることである。このインタラクションは特殊な意味でモードレスである。確かに、一つのウィンドウに絵を描く道具があって、もう一つはテキストを保持しているというように、アクティブなウィンドウはモードを構成している。しかし、何かをするときには停止せずに隣のウィンドウに移ることができる。これが私にとってモードレスたる由縁なのである。ユーザーはいかなる後退もせずに、いつでも望んだように次の行動に移ることができる。モードのないウィンドウによるインタラクションと、以前のぎこちないコマンドラインによるシステムを比較したなら、すぐに全てがモードレスになっているべきであることがわかるであろう。このようにして「モード追放」運動を始めたのである(★16)。
ケイは Smalltalk を、「統合環境(Integrated Environment)」だと考えていた。それはつまり、OS とアプリケーション、アプリケーションとアプリケーションの間にモードの壁がなく、プログラムのデバッグ、ドキュメントの編集、グラフィックの作成、音楽の再生、シミュレーションの実行など、さまざまな活動の間を自由に移動できるようなものを指していた。そこでは使用者もしくはプログラムがコンピューター内のすべてのリソースに直接アクセスでき、統一的かつ協調的な方法でそれらを利用できる。また蓄積された情報が勝手に失われることなく、あらゆる活動を織り交ぜながらコンピューティングパワーが発揮されるのである(★13)。
オーバーラッピングウィンドウがあれば、使用者はいわゆる「先読み」をしなくて済む。モードがある場合、そのモードの中で必要となる情報はモードに入る前に把握しておかなければならない。複数の情報がそれぞれのウィンドウとして同時に表示されていれば、あるいはあるタスクの途中で必要になった情報をその場で新しいウィンドウとして開くことができれば、作業から暗黙的な準備段階をなくすことができる。また、一度行った操作が無駄になったり同じことをやり直したりすることが減る。見たいウィンドウが現在アクティブなウィンドウの後ろに隠れてしまっていることもあるが、その場合でも使用者はクリックするだけでそれを前面に呼び出せるのである(★13)。
- ★13 Larry Tesler「The Smalltalk Environment」(「BYTE August 1981 Vol.6, No. 8」に収録)
- ★16 アラン・ケイ「ユーザーインターフェース 個人的見解」(『ヒューマンインターフェースの発想と展開』2002,桐原書店 に収録)