『モードレスデザイン』- 10 解放のためのデザイン – 自ら使用する より
我々の周りにあるすべての物は、我々を変える可能性を秘めている。モードレス性はその可能性を維持するための小さな約束である。我々の精神と身体は環境と溶け合っている。クリフ・クアンとロバート・ファブリカントによれば、我々は物をその本来の用途だけでなく、それが何に使えるかという目で自然に見ることができるのだという(★11)。それは人間の想像力の極めて重要な特徴のひとつである。しかしこうした能力は、近代的なプロダクトデザイン、特に現代のデジタルプロダクトにおいては、発揮する機会を奪われているのだという。
たとえば、火搔き棒は火を掻くためだけのモノではない。この棒は長くて重みがあり、先はそこそこ尖っているが尖りすぎているわけでもないので、ソファの下に転がっているモノを引っ張り出すのにも使えるかもしれない。だが、身のまわりのモノを変化させるという人間にとって極めて重要なこの能力は、デジタルライフではほぼ発揮されていない。そこで目にするアプリ、ウェブサイト、インターネットサービスは、私たちがそれに求めていることを果たすための機能しか備わっていない。たとえそうしたデジタルのモノに本来の役割以外の機能があったとしても、私たちにはそれを理解する手段がない。そこは火を掻くことにしか使えない火掻き棒ばかりの世界なのだ(★11)。
我々が身の回りの物を寄せ集めて道具にするというのは、我々の最も自然な行動のひとつであり、そこには肯定も否定もない。スペースキーでドキュメントの見た目を整えたり、スプレッドシートを方眼紙として使ったりする者を、デジタルリテラシーが低いと言って揶揄するコンピューターエリートたちがいるが、これは非常に倒錯的なことだ。事故の原因をヒューマンエラーとして片づけてしまうのと同じである。
心理学者のポール・フィッツとデザイナーのアルフォンス・チャパニスは、第二次世界大戦中に起きた戦闘機の操縦ミスについて戦後に調査を行った。そこで判明した問題は、パイロットの訓練についてのものではなく、コックピットのデザインについてのものだった。チャパニスは、これは「パイロットエラー」ではなく「デザイナーエラー」だと言った(★11)。ヒューマンエラーと呼ばれるものは、その呼び方に反して、すべてシステムの問題である。人間に正確な判断や行動を求め、それを前提にシステムがデザインされている点に問題がある。現代では、ヒューマンエラーが起きた場合に改善すべきはシステムの方であるという認識が一般的になった。ヒューマンエラーというのはヒューマンの問題ではない。それどころか、実のところデザインの問題ですらない。ヒューマンエラーは、そういう空虚な言葉を使う者のナイーブな倫理観の問題なのである。単純な例で考えてみる。ある人がハンマーで釘を打ち損じたとする。そのとき問題はどこにあるのか。ハンマーをうまく使えなかった人の問題だろうか。しかしハンマーは、人が釘を打つためにわざわざ作られているのである。ハンマーを使う人の行為を否定することはハンマーそのものの存在を否定することになる。では問題はハンマーのデザインにあるだろうか。その可能性はあるだろう。しかしどれほど良くデザインされたハンマーでも、人が使う以上、釘を打ち損じることはある。問題の所在を人や物のエージェンシーに求めると無限後退してしまう。問題は単に、意識に宿ったイメージと物質に宿ったオブジェクトの未接続に過ぎない。両者のカップリングは常に可能性として未来に向かってのみ前進している。物事の善悪を目的合理性で評価し因果律の中で問題を要素還元しようとするのは軽率だ。ましてや目的と手段の連鎖にヒューマンを固定する態度は傲慢だ。
物の意味はデザイナーの意図とは関係がない。我々はむしろ、スペースキーで見た目を整えようとする人々の工夫を称えるべきだし、方眼紙のように自由に使えるスプレッドシートの受容性を見習うべきなのだ。もしそれでデータに不都合が起こるなら、問題はコンピューターの不寛容さにある。逆にもし人々が指示的な道具の中でしか行為できないのなら、人々をそのように教育してしまったデザイナーに責任がある。物を作る行為はブリコラージュである。スペース文字を利用してスペースを作るという発想、スプレッドシートの二次元空間を使って要素を二次元的に配置しようとする努力は、我々の素直な創造性である。コンピューターを使用するのに情報の構造化や正規化のスキルが求められるのは、その方が機械がデータを処理するのに都合がよいからだ。だとすれば、本来その部分を補完することこそがコンピューターの仕事だろう。人間をもっと創造的にするためには、ミディアムの性質が暗黙的ではだめなのだ。目の前にあって知覚できる物が、そのもの自体でなければいけない。
- ★11 クリフ・クアン、ロバート・ファブリカント『「ユーザーフレンドリー」全史』2020,双葉社