Modeless Design Advent Calendar 2025

エントロピーの排出

December 21, 2025

『モードレスデザイン』- 9 創造すること – モードレスデザインとエントロピー より

記号を現すことと何かを形づくることは同義である。つまり原義的にも一般的な意味においても、デザインの根本は石を砕いて槌にするようなこと、粘土を集めて器にするようなこと、混沌を秩序立て、非構造を構造化するようなことである。デザイナーは物事をシンプルにする仕組みを考える。その仕組みは、しかしほとんどの場合、その物事以上の複雑さを持ってしまう。局所的な秩序は、それ以外の部分の混沌をより大きくする。だから、複雑なものを作るのは実は簡単だ。複雑なものを作って、何かデザインした気になってはいけない。努力して複雑なものを作り上げても、それはまだデザインの出発点だ。目指すのは、物事をシンプルにするためのシンプルな仕組みを見つけることである。秩序を保つには、頑丈にするのではなく、柔くすること。壊れないようにするのではなく、自らを壊し続けること。その中に動的な秩序を作り出すことである。デザインという名詞はつまり、デザインという動詞の中にあるということだ。

モードレスデザインが動的に秩序を獲得する仕方は、我々の生命が持つネゲントロピックな性質に通じるものがある。物理学者のエルヴィン・シュレーディンガーは、エントロピーの増大を抑制することが生命の本質だと捉え、「生物体は『負エントロピー』を食べて生きている」と言った(★11)。生物の体は他のあらゆるものと同様に物質的な存在である。そこでは当然、エントロピーの法則が働き、秩序は無秩序へと向かう。しかし生物はそれに抗い長期間にわたって秩序を維持する。生物体が崩壊して熱力学的な平衡状態、つまり死に向かうのを遅らせているのは、環境から秩序を引き出しているからである。負エントロピーの流れを吸い込んで、自身が作り出すエントロピーの増加を相殺し、生物体を低いエントロピーの水準に保っているのである。

あらゆる過程、事象、出来事──何といってもかまいませんが、ひっくるめていえば自然界で進行しているありとあらゆることは、世界の中のそれが進行している部分のエントロピーが増大していることを意味しています。したがって生きている生物体は絶えずそのエントロピーを増大しています。あるいは正の量のエントロピーをつくり出しているともいえます──そしてそのようにして、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいてゆく傾向があります。生物がそのような状態にならないようにする、すなわち生きているための唯一の方法は、周囲の環境から負エントロピーを絶えずとり入れることです。…(中略)… この負エントロピーというものは頗る実際的なものです。生物体が生きるために食べるのは負エントロピーなのです。このことをもう少し逆説らしくなくいうならば、物質代謝の本質は、生物体が生きているときにはどうしてもつくり出さざるをえないエントロピーを全部うまい具合に外へ棄てるということにあります(★11)。

生命はその秩序を維持するために、代謝の仕組みによってエントロピーを排出する。モードレスデザインは目標状態への線形的なプロセスを解体し、タスクが持つエントロピーを作業の各段階でリセットする。生命の遺伝子は突然変異という不安定性を伴うことで進化という安定性を獲得する。モードレスデザインは行為の可能性という不確実性を伴うことで創造という確実性を獲得する。生命がそうであるように、モードレスデザインは開放系である。それはつねにコンテクストに開かれており、使用者の創意工夫を取り込みながらブリコラージュを助ける。そして生命がそうであるように、環境の中でそれ自身の存在を更新し続けるのである。

形をシンプルに保つというのはデザインの大原則であり、むしろ物事をシンプルに保つ行為、エントロピーの増大に抗う行為のことを、デザインと呼ぶのである。シンプルにすることは前提であり、大事なのはどうやってシンプルにするかだ。しかしインタラクティブな道具に関して多くのデザイナーはシンプルさというものを誤解している。それを単に要素を減らしたり手順を減らしたりすることだと解釈している。それは間違いではないが、複雑な処理をただ一括実行するようなボタンを用意すればよいと考えるなら、それはモードを発生させ、むしろ全体の複雑性を高めてしまう。GUI には標準的なコントロールがいくつもあるが、中でもボタンはその代表的なものである。しかしボタンは使用者の行為を1ビットの情報に変換する極端に離散的な装置であり、我々の無段階な身体性からは最も離れたところにある。システムの内部モデルは完全に隠敵され、メンタルモデルとの同期は拒否される。ボタンはモーダルなシンタックスにおける Verb であり、使用者の意識を Object から遠ざける。ボタンは、道具としての機械が複雑化してきた過程において直接操作の実現を放棄した挫折のインターフェースであり、その単純さは欺瞞的ネゲントロピーなのだ。


  • ★11 エルヴィン・シュレーディンガー『生命とは何か』2008,岩波書店