『モードレスデザイン』- 9 創造すること – ゴルディロックス より
アメリカの統計学者でインフォメーションデザイナーのエドワード・タフティは、グラフィックデザインの分野に熱効率の概念を導入した。そもそも熱効率とは熱機関の性能を表すもので、熱機関に供給されたエネルギーに対する、仕事に変えられた熱量の割合によって示される。たとえば1000ジュールの熱エネルギーが与えられたエンジンが300ジュール分の動力を出力した場合、このエンジンの熱効率は0.3(30%)となる。残りの700ジュールは、発熱や震動といった物理現象に消費されたことになる。熱力学第二法則、つまりエントロピー増大の法則により、どのようなシステムも熱効率が1になることはない。そうした熱効率の比喩で、タフティは、グラフィックデザインでは「データインクを最大化せよ」と言った(★8)。データインク(Data-Ink)とは、消去できないインフォメーショングラフィックの中核であり、表現される数値の変化に応じて配置される冗長性のないインクである。要するに、データそのものを表すのに使われるインクのことだ。これに対し、グラフィック全体には、装飾的な要素や重複した情報が含まれていることが多い。そうした余計なものをできるだけ排除し、データインク比(Data-Ink Ratio)、つまりグラフィック全体のインク量に対するデータそのもののインク量の割合を、できるだけ1に近づけるべきだというのがタフティの考えである。たとえば棒グラフを描くのであれば、罫線やマークをできるだけ使わないようにする。表したい情報が損なわれない限界まで、要素を減らすのである。
タフティの主張は、グラフィックデザインは情報表現の熱効率を最大化するものでなければならない、ということだ。それによって得られるのは、まず見やすさである。構成要素が少なければ、そこに何があるのかを把握するのが楽になる。次に解釈の一意性である。構成要素が不必要に多い場合、要素同士の間に生じる関係の数が増え、そこから汲み取ることができる意味合いの曖昧さが高まる。すると表そうとしていない情報が追加されてしまう恐れがある。要素が最小限であれば、ノイズが減り、記号の純度が高まる。そしてもうひとつは、制作コストの低減である。構成要素が少なければ、印刷に必要な物理的なインク量はもちろん、複雑なグラフィックを作画する労力、あるいはそのグラフィックを保存したり描画したりするプロセスを減らすことができる。情報表現の熱効率を最大化することで、エントロピーの増大が抑制される。つまりデザイン性が高まるのである。ただし、消去できないグラフィックの中核がどこなのかを適切に見極めなければ、必要な要素まで削ってしまい、結果として表したい情報が伝わらない。この見極めは簡単ではない。そもそも何を表したいのかが明確になっていなければならず、またそれを表すのに必要な最小限の要素は何かということを適切に言い当てることができなければならない。データインクを最大化するには、それだけデザイナーの力量が問われるということだ。
ある事柄を表すためには必要以上に多くの要素を用いるべきではない、という考え方は、いわゆる「オッカムの剃刀」である。ある事実を同様に伝えることができるのであれば、説明の量は少ない方がよい。たとえば果物がいくつか置かれているとする。大きな黄色いバナナ、小さな赤いりんご、大きな紫のぶどう、小さな黄色いレモン、小さな赤いいちご、の五つである。この時、口頭で小さな赤いりんごを特定しようとするなら何と言えばよいか。「小さな赤いりんご」と言うのは冗長である。「小さなりんご」や「赤いりんご」でもまだ冗長だ。しかし「小さなもの」や「赤いもの」だと情報が不足している。小さなものや赤いものは複数あるからだ。そのため最も適当なのは「りんご」とだけ言うことである。タフティが考えるデザインとは、このように表したい事柄を言い当てる最もコアな要素を見極め、それ以外を削ぎ落とす態度である。その場合、最もコアな要素が何であるかは、他の対象が持つ要素との関係によって決定される。もし果物の集合の中に複数のりんごが含まれるなら、ただ「りんご」というだけでは一つを特定することができなくなる。集合の中で一つを識別するために必要な表現の複雑さ、つまり情報理論的な意味での「情報量」は、集合全体が持つバリエーションの数によって決定される。情報理論的な観点で、情報は意味とは関係がない。同じ記号でも記号セットの大きさによって情報量は変化する。その記号が選ばれる確率が小さいほど(取り得る状態の数が多いほど)情報量は大きくなる。そこで言われていることではなく、言われていないことの量が情報量を決めるのである。
- ★8 Edward Tufte『The visual display of quantitative information』2nd Edition, 2001, Graphics Press