『モードレスデザイン 意味空間の創造』- 6 モードレスネス – Apple とモードレスネス より
ヒューマンインターフェースデザインにおいてはモードレス性が重要だと言われてきた。さまざまなデザイン研究者や実践者が、ヒューマンインターフェースにはできるだけモードが無い方がよいと言い、またデザイン原則としてモードレス性を提唱してきた。たとえば Apple が作成した2011年の「Mac OS X Human Interface Guidelines」には、次のような記述がある。
モードレスネスを取り入れなさい
ユーザーは彼らにコントロール権を与えるアプリを好み、また彼らから頻繁にコントロール権を奪うアプリをたいてい嫌います。ユーザーからコントロール権を奪う最も一般的な方法は、ユーザーに特定の経路をたどることを強要するモードを乱用することです(★6)。
Apple は古くからサードパーティーの開発者向けに「Human Interface Guidelines」を公開しており、改訂を重ねている。そこには伝統的にモードレスネスについての記述がある。最初期の1985年のバージョンである「The Apple II Human Interface Guidelines」を作成したブルース・トグナズィーニは、「The Desktop Interface」という章の冒頭に、「モードの回避」と題した文章を掲載している(★7)。
モードとは、ユーザーが形式的に入ったり出たりしなければならないアプリケーションの一部分のことで、それが有効な間は実行できる操作が制限されます。実生活では通常、人々はモーダルに物事を行わないので、コンピューターソフトウェアでモードを扱わなければならないことは、コンピューターが不自然で不親切だという考えを強めることになります。
モードが最も混乱を及ぼすのは、間違ったモードに入った時です。残念ながら、これが最も一般的なケースです。モードに入っていると混乱するのは、将来の行動が過去の行動によって左右されたり、親しんだオブジェクトやコマンドの挙動が変わったり、習慣的な行動が予期せぬ結果を引き起こしたりするからです。
ウィンドウ式のアプリケーションでモードを使うのは魅力的です。しかし、あまり頻繁にその誘惑に負けてしまうと、ユーザーはあなたのアプリケーションで時間を過ごすことを、満足のいく体験ではなく、むしろ面倒なことだと思うようになるでしょう。
これは、ウィンドウ式のアプリケーションではモードを決して使うことがないと言っているのではありません。モードが特定の問題を解決する最良の方法であることもあります。それらのモードのほとんどは、以下のカテゴリーのいずれかに分類されます:
- 手続きベースの長期的なモード。たとえばグラフィック編集とは対照的にワードプロセッシングを行うようなモード。各アプリケーションプログラムは、この意味でのモードです。
- 短期的なスプリングローデッド・モード。ユーザーはつねにそのモードを持続させるために何かをしています。マウスボタンやキーを押し続けるのが、この種のモードの最も一般的な例です。
- アラートモード。ユーザーが異常な状況を修正しなければ先に進めない時のモードです。このようなモードは最小限にとどめるべきです。
その他のモードは、次のいずれかの要件を満たしていれば許容されます:
- グラフィックエディタで異なるサイズのペイントブラシを選ぶような、それ自体がモーダルである身近な現実のモデルをエミュレートするもの。MousePaint やその他のパレットベースのアプリケーションは、このモードの使用例です。
- 何かの属性だけを変更するもので、テキスト入力の太字モードや下線モードのように、振る舞いは変更しないもの。
- ソフトウェアによって解決できないエラー状態のように、モード性を強調するために、システムの他のほとんどの通常操作をブロックするもの(たとえば「ディスクドライブにディスクがありません」)。
アプリケーションがモードを使用する場合、現在のモードを視覚的に明確に示す必要があり、その表示はモードの影響を最も受けるオブジェクトの近くにあるべきです。また、モードに入ったり出たりするのが非常に簡単でなければなりません(パレットのシンボルをクリックするなど)。
キーボード(マウスレス)インターフェースのいくつかの機能はモーダルです。たとえば、カーソルキーは通常再定義され、Escape と Return はモードの終了用に使用されます。しかし、このモード性の範囲をこれらのキーのみに限定し、ユーザーが期待できる動作の変化の種類に一貫性を持たせるよう、あらゆる努力が払われます。
1985年当時 Apple は、Apple II、Lisa、Macintosh という三つの製品向けに GUI を開発していた。ヒューマンインターフェースの表現としても、アプリケーション開発の方法としても、GUI はまだ一般に普及していなかったため、Apple は GUI の思想やデザイン上の注意点を啓蒙する役割を果たした。その中でモードレス性はすでに重視されていたのである。ただし、モーダルである方がよい場合や、モーダルであることが許容される条件などについても触れている。実際、アプリケーションという単位で機能セットを提供すること、モディファイアキーによって一時的に振る舞いを変えること、一連の不可分な入力に問題があった際にその場で修正を求めることなどは、現在のソフトウェアでもモーダルな表現で実装されていることが多い。
Apple は Macintosh 用アプリケーションのデザインに一貫性を持たせるために、各種 API をサードパーティーに公開した。それによってどのアプリケーションも Macintosh らしい統一感のあるヒューマンインターフェースを持てるようになった。「Human Interface Guidelines」は、API を利用するサードパーティーの開発者に、その統一的なルールを教えるためのものだった。たとえば標準的な見た目のメニューバーは API を使えばすぐに実装できるが、メニューの中にどのような項目をどのような並び順で表示するかは開発者に委ねられていた。しかし、どのアプリケーションでも共通して持つべき項目(開く、印刷、検索、カット、コピー、ペースト、終了など)は、定められたルールに従って配置することを Apple は求めた。そうしたルールを適用することでアプリケーションの操作性が高まることをサードパーティーは理解していたため、積極的にガイドラインは守られた。操作性が高まる理由は、アプリケーション間で操作方法が共通していれば使用者の学習コストを低く抑えられるからだ。別の言い方をすれば、アプリケーションそのものはある種のモードであるとしても、アプリケーションごとの振る舞いに違いが少なければ、モード性は弱まる。つまりモードレスに近づくのである。
アプリケーション間のデザインに一貫性を持たせること。それは Apple にとって、Macintosh をできるだけモードレスにするということであった。一貫性を重視することはヒューマンインターフェースデザインの基本的な原則のひとつであり、その目的は使用者の学習コストを下げることだが、見た目や振る舞いが一貫しているということは、それらがつねに一定しているという意味で、要するにモードレスであるということなのである。
Apple は Macintosh の OS のバージョンアップに合わせて「Human Interface Guidelines」を何度も改訂したが、2017年にウェブ上のコンテンツとして完全に再編成されるまでの間、デザイン原則として基本的に同じ項目を掲載し続けていた(★8, 9)。それらは Macintosh に限らずあらゆる OOUI システムに適用できる汎用的なもので、ヒューマンインターフェースデザイナーであれば現在でもよく把握しておくべきものである。しかしそのひとつひとつをよく見てみると、実はどれも同じようなことを言っていることに気づく。一貫性もそのひとつだが、つまりいずれも、モードレス性を求めているのである。
- メタファー(Metaphors)
- 現実世界で我々がすでに知っているものに見立ててデザインすること。これはつまり、コンピューターというモードをなくすということである。
- 直接操作(Direct Manipulation)
- 身体的な動作によってオブジェクトを直接的に操作しているように感じさせること。これはつまり、スクリーンの中と外を未分化し、ソフトウェアというモードをなくすということである。
- 見て、指す(See-and-Point)
- オブジェクトが見えていて、それを指し示すことからアクションを行えること。「Object → Verb」のシンタックス。これはつまり、一連の操作の中からモードをなくすということである。
- 一貫性(Consistency)
- デザインを統一的にし、ある場所から別の場所へと知識を移動できること。これはつまり、状況に依存した振る舞いというモードをなくすということである。
- WYSIWYG (What You See Is What You Get)
- 見えるものが得られるもの。もとは1970年代前半のテレビ番組「The Flip Wison Show」でコメディアンのフリップ・ウィルソン扮する「生意気なジェラルディン」が用いた決めぜりふ。「見てのとおり」といった意味。PARC の研究者は初期の GUI エディターを形容するのにこの言葉を使った。プリント出力されるもののイメージをスクリーン上で確認でき、またその場で編集できるということ。実際に得られるものと編集用インターフェースとの間に違いがないこと。GUI 以前は両者の間の違いが大きかった。これはつまり、作業段階に依存したモードをなくすということである。
- 使用者によるコントロール(User Control)
- コントロール権はコンピューターではなく使用者に与えること。これはつまり、使用者が自分なりの方法で仕事を進められるよう、コンピューターが特定の使用方法を強制するようなモードをなくすということである。
- フィードバックとダイアログ(Feedback and Dialog)
- 使用者の操作に対して即座にフィードバックを返し、状況の変化を明示的にすること。フィードバックの内容は使用者に理解できるよう対話的にすること。これはつまり、状況をつねに明示し、操作の結果が暗黙的に蓄積されるようなモードをなくすということである。
- 寛容性(Forgiveness)
- 操作を取り消し可能にし、使用者がアプリケーションを探索できるようにすること。これはつまり、あらゆる操作を目的に向かう試行錯誤の一環としてポジティブなものとするために、正しい操作手順や間違った操作手順といったモードをなくすということである。
- 知覚された安定性(Perceived Stability)
- コンピューターの複雑性に対処できるよう、一定した拠り所を用意すること。たとえばデスクトップはアプリケーションの後ろにつねに表示されており、いつでも戻れる場所としてスクリーン空間に安定感を与えている。これはつまり、コンピューター全体がひとつの世界であるように感じさせるということであり、用途ごとに別の操作体系があるようなモードをなくすということである。
- 美的インテグリティー(Aesthetic Integrity)
- 情報をよく整理し、シンプルで標準的なグラフィックで表現すること。インテグリティーは余計なものも欠けているものもない全体性のこと。またそれそのものであろうとする誠実さや高潔さのこと。これはつまり、ヒューマンインターフェースのすべての要素がオブジェクトを誠実に表象しながら調和するということであり、作為的な印象や文脈を与えるようなモードをなくすということである。
- モードレス性(Modelessness)
- モードをできるだけなくして、使用者が好きな時に好きなことができるようにすること。この単純な思想が、その他の原則の基盤になっていると言える。