Modeless Design Advent Calendar 2025

ペティナイフの抽象度

December 17, 2025

『モードレスデザイン』- 8 道具の純粋さ – 直交 より

ユーザビリティーは通常、特定のタスクを行う際の有効性や効率によって評価される。タスクがスムーズに行えない場合、その原因は必要な時に必要な機能や情報が提供されないことにあるとされる。そしてタスクはより細かく線形的に定義され、デザインがそれに従うことになる。しかしこの発想は短絡的だ。家の玄関に目的別のドアをつけるようなものである。ひとつのコンテクストにデザインを従属させてしまうと、他のコンテクストでは使いにくいものになる。作業が恣意的に手続化され、仕事の目当てが覆い隠されてしまう。そうではなく、モードレスデザインは機能(時間)を構造(空間)に再マップする。複数のコンテクストを貫き、問題に対して一段メタな視点から解法を示すのだ。タスクを分析的に定義することは、デザインを評価する際の手がかりとしては有効だが、モードレスデザインはむしろコンテクストを剥ぎ取った所、要求から時制を取り除いた、コンテクストと直交するオブジェクトの位相に現れる。

たとえば、りんごの皮をむくというコンテクストを考える。皮がむかれていない元の状態のりんごから、皮がむかれた目標状態のりんごを得るまでのプロセスにおいて、専用のりんご皮むき機はその大部分をサポートするだろう。機械にりんごをセットしてハンドルを回すだけで誰でもきれいに皮をむくことができる。りんご皮むき機は、りんごの皮をむくための道具として目的合理性が高い。一方、汎用的なピーラーは、りんごの皮をむくということについてはより少ない部分しかサポートしない。ペティナイフの場合はさらに少しの範囲しかサポートしない。しかも使いこなすには相応の訓練が必要になる。しかしペティナイフは、りんごの皮をむくこと以外にも用いることができる。玉ねぎをスライスしたり、人参を千切りにしたり、あるいはキャベツの葉をカービングしたりすることもできる。これはペティナイフの抽象度の高さを示している。抽象度の高い道具はその用途を使用者自身が考えるものである。そして自身の使用スキルの向上によって、その意味を広げるものである。ペティナイフの使用者は、デザイナーが想定したコンテクストとは関係なく、ただアフォーダンスに従って意味を探索する。ペティナイフの大きさ、重さ、硬さ、鋭さなどが「矢」となって、その周りに「的」が描かれる。コンテクストを見つけ、あるいは創造し、そこに道具を接続するのは、デザイナーではなく使用者なのである。

一方、道具に求められる従順さは、使用者の倫理観を問う。榮久庵憲司は著書『道具論』の中で、「道具は人のいいなりになることによって人をただす。ここに道具に特有の倫理観がある」と言っている(★13)。道具は人のわがままさを許し、夢を叶える。道具は人に従う。包丁に凶器になれといえば凶器として働く。道具は、そのように人のいいなりになることによって、人の倫理に訴えるのだと榮久庵は言う。たとえ人道に反するような使い方にも道具は従う。そして時に大きな不幸を生む。それは人に従う道具による、人間に対する戒めなのだという。

道具に内在する最も重要な作法は、人間の命令にさからわないことである。これが道具の、すぐれて、怖ろしい存在の構図──道具の論理なのである(★13)。

道具の在り方は人間の在り方と表裏一体である。モードレスデザインは物自体のそのもの性を露わにすると同時に、それを使う者の人間性を露わにする。


  • ★13 榮久庵憲司『道具論』2000,鹿島出版会