Modeless Design Advent Calendar 2025

宇宙への参与

December 14, 2025

『モードレスデザイン』- 5 対象と転回 – オブジェクト指向 より

オブジェクト指向存在論を提唱するアメリカの哲学者、グレアム・ハーマンは、道具の手前性は人間に依存したものであり、手許性は人間から独立したものだと言っている(★4)。手許的な道具の存在性は、ある種の高次性をもって、目当ての方へと投げかけられている。

道具存在に対して意識におけるイメージという身分よりも高い地位が与えられるべきだとすれば、それは道具存在が人間的現存性により依存しているからではなく、むしろその逆だからである(★4)。

オブジェクト指向のコンセプトでは、観念的な仕事空間の中にいくつかの物を作る。物たちにはそれぞれに特徴的な性質が与えられている。その物たちにメッセージを送ると、物たちはそれぞれに反応する。使用者はその反応を利用して仕事をする。これはたとえば、石の鋭さを利用して肉を切るとか、火の熱さを利用してそれを焼くといった行為と似ている。そして石や火といったものに対する我々の配慮的な交渉は、それらをオブジェクトとして実在化させる。そして観念として操作可能なものにする。

アラン・ケイと共に Smalltalk を開発したダン・インガルスは、オブジェクト指向のコンセプトを構築する上で、事物についての観念を持つことができる我々の精神の能力に着目した。それをコンピューターのデザインに反映すれば、我々にとってより直接的に利用できる物になる。インガルスは次のように言う。

精神は、即時的なものであれ記録されたものであれ、広大な経験の宇宙を観察している。人(one)はこのあるがままの経験から宇宙との単一性(oneness)を感じることができる。しかし、この宇宙に参与(participate)したいと願うなら──文字どおりある部分を担いたい(take a part)なら、区別をつけなければならない。そうして人はあるオブジェクトを宇宙の中で特定する。同時に残りのものはすべてそのオブジェクトではないものになる。そのもの自体によって区別をつけることがスタートである。しかし区別することがもっと簡単になることはない。「あそこにあるあの椅子」について話そうとする時はいつも、その椅子を区別するための全プロセスを繰り返さなければならない。そこで参照という行為が登場する:我々はあるオブジェクトにユニークな識別子を関連づける。そして、それ以降は、もとのオブジェクトを参照するにはその識別子を挙げるだけでよい。コンピューターシステムは心の中にあるものと互換性のあるモデルを提供すべきだと述べた。したがって、コンピューター言語は「オブジェクト」という概念をサポートし、その宇宙の中のオブジェクトを参照するための統一的な手段を提供すべきなのである(★5)。

インガルスによれば、オブジェクト指向のソフトウェアが目指したのは、人と人がコミュニケートする時の、顕在的な入出力モデルと、潜在的な入出力モデルの、両方をサポートすることだった。顕在的な入出力とは、実際に発せられ、知覚される、言葉や動きのこと。潜在的な入出力とは、二者が精神的に共有し、文脈を作る、文化や経験のこと。コンピューターがこのようなモデルを持つことができれば、人間と直接的にコミュニケート可能な存在になるとインガルスは考えたのである。具体的には、顕在的なモデルは視覚的な表象とマウスの操作の同期によって実装され、潜在的なモデルはメンタルモデルとデータモデルの同期によって実装される。

ソフトウェアが精神レベルのコミュニケーションを実現するために、オブジェクト指向のデザインでは、我々がそのために利用している観念(アイデア)もしくは分類(クラス)というものをデータ構造に反映する。たとえばソフトウェア世界の中で書類を扱うのであれば、「書類」というクラスと、「その書類」というインスタンスを、プラトンのイデアリズムのような生成モデルで関係づけるのである。

インガルスによれば、分類とは「そのもの性(nessness)」の実体化なのだという。我々は椅子を見る時、その経験は「その椅子そのもの」と「その椅子のようなもの」の両方を捉えている。抽象は、「類似した」経験を統合する精神の驚異的な能力から生じるものであり、心の中のもうひとつの対象、つまりプラトン的な椅子、あるいは椅子性として、現れるのだという。


  • ★4 グレアム・ハーマン『四方対象』2017,人文書院
  • ★5 Daniel H H Ingalls「Design Principles Behind Smalltalk」(「BYTE August 1981 Vol.6, No. 8」に収録)