Modeless Design Advent Calendar 2025

デザイナーの暗黙知

December 10, 2025

『モードレスデザイン』- 3 適合の形 – 形 より

ポランニーによれば、暗黙知の働きによって我々は、知られざる事柄についての問題を認識することができるし、問題に取り組みながら解決へと迫りつつあることを感知し、その感覚に依拠しながらさらに問題を追求することができる。そして最終的になされるであろう発見について、その背後に潜む含意の妥当性について確信することができるのだという。我々は問題を見る時、ただ問題だけを見ているのではなく、その問題が徴候として示しているあるリアリティーの手がかりとして、問題を見ている。そしてその手がかりが指示しているリアリティーを感知するような感覚に導かれて、問題に取り組むのである。そのような暗黙知に導かれた活動は、つねに個人的なものだとポランニーは言う。

そうした知を保持するのは、発見されるべき何かが必ず存在するという信念に、心底打ち込むということだ。それは、その認識を保持する人間の個性(パーソナリティ)を巻き込んでいるという意味合いにおいて、また、おしなべて孤独な営みであるという意味合いにおいて、個人的(パーソナル)な行為である(★9)。

我々の内にそのような信念、つまり超自然的とも言える認知が備わっているのは、そもそも我々が知覚している外界世界そのものが我々の暗黙知によって形成されているからである。暗黙的な認識力は、五感で知覚される外界の対象全体に関係している。外界の事物の個々の諸要素はひとまとまりの存在へと統合され、我々はそうした存在を身体に同化させることによって自らの身体を世界に向かって拡張し、また同時にそれらを内面化して、そこにある意味を首尾一貫したものとして把握しようとする。「かくして私たちは、幾つもの存在に満ち、ある解釈を施された宇宙を、知的な意味でも実践的な意味でも、形成することになる」とポランニーは言う。

何かを作るには、自分の手から何かを作り出すことができるという気分になることが大切だ。その気分なしには何も作ることができない。良いデザインは協働から生まれるとか、調査から生まれるとか、反復から生まれるとか、理論から生まれるとか、コンテクストから生まれるとか、いろいろなこと言う人がいるが、どれも「そうであってほしい」という願望に過ぎないだろう。デザインの理論家が定式化しようとしているそのデザイン活動と、デザイナーが実際にやっているデザイン活動は、かなり違うもののように思われる。理論家が指示しているデザイン活動は、デザインする活動ではなく、単に活動として捉えられたデザインなのである。

デザインの理論家たちは、創造的な行為を定式化しようとするあまり、「反復」や「協働」を指向する力学に抗えなくなっている。それは創造にまつわる責任と功績の所在を曖昧にする力学であり、創造性そのものの在り方から目を背ける態度であるように思われる。組織的な活動において継続的な改善や作業体制の冗長化は必要なことかもしれないが、人々は石炭の角を滑らかにすることにばかり腐心し、それがなぜ石炭でありダイヤモンドではないのかという点については不問に付している。反復や協働といったコミュニケーションシステムに管理されたデザイナーは、創造から却って遠ざかっているのではないか。フランスの哲学者、ジル・ドゥルーズは、創造するには管理的なコミュニケーションから逃走しなければならないと言っている。

創造するということは、これまでも常にコミュニケーションとは異なる活動でした。そこで重要になってくるのは、非=コミュニケーションの空洞や、断続器をつくりあげ、管理からの逃走をこころみることだろうと思います(★10)。

創造のための直観とは、遠い未来や長大なスケールの出来事を見通すことではなく、自分ひとりの手の延長にある実現可能なぎりぎりの限界点を見つめることである。デザイナーのアイデアは、自分ならそれを作ることができるという実感と信念に裏打ちされている。デザイナーの暗黙知は、被造物の包括的な存在性を捉えている。デザイナーが直観しているのは、主体が客体の中へ内在化したものであり、我々が物に出会う時にその物質的な諸性質を超えて見出している首尾一貫した「形」である。


  • ★9 マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』2003,筑摩書房
  • ★10 ジル・ドゥルーズ『記号と事件』2007,河出書房新社